記事より先に、人が読まれている気がする
最近、記事一覧やランキングみたいな”発見の仕組み”を眺めていて、ちょっと思うことがあった。
Substackの記事をまとめて発見できる、そういう仕組みがあるのは知ってた。便利そうだなと思って実際に眺めてみたんだけど、正直に言うと、リンクをクリックして読もうとはあまり思えなかった。
「で?」って感じだった。
なんでだろう。少し考えてみよう。
結論、たぶん知らない人の記事タイトルが並んでいても、それだけじゃまだ「読む理由」が自分の中に育ってないんだと思う。
Xだと、タイムラインで誰かの一言が流れてきて、面白いと思ったらフォローして、またタイムラインで見かけて、みたいな積み重ねがある。記事を読む前に、その人のことをすでに少し知っているような状態になってる。その断片が積み重なって、「この人ちょっと面白いかも」が育っていくんだと思う。
ただ、Xだとそこまでなんだよね。140字の塊が積み重なって、人の気配はわかる。でも、その人がどういうことを考えているのか、思考の輪郭みたいなものはなかなか見えてこない。
ただ、Substackにはその先がある気がする。
「人の気配」って、具体的にどういうことだろうって考えると、たぶんすごく小さなことの積み重ねだと思う。
ノートに書いた一言のトーン。誰かのコメントへの返し方。リスタックするときにつけるひとこと。話題の選び方、言葉の選び方、どこに引っかかるか。そういう断片から、じわじわとその人らしさが滲み出てくる。
意図してやってるというより、書いてるうちに自然と出てくるものだと思う。だからこそ、読んでる側には「この人ってこういう人なんだな」という感覚が育っていくんだろうな。フォローしようと思うのも、たぶんその感覚が一定を超えたときだ。
気配って、たぶん狙って出せるもんじゃない。書いてるうちに、じわじわ滲み出てくるものだと思う。
自分がSubstackで誰かの記事を読むときを思い返すと、だいたいこんな流れをたどってる。
ノートで誰かの一言を見かける。なんかこの人の見方、おもろいな、と思う。で、プロフィールをのぞいてみる。他に何書いてるんだろうと、記事を見に行く。二、三本読んでみる。
そこで、もう一段階の発見がある。
へー、この人ってこういうことを考えてる人なんだ、って。
ノートだけじゃわからなかったものが、記事を読んでやっと見えてくる感じ。あ、こういう人だったんだ、って。その発見が、読んでよかったという気持ちになるし、そのまま購読につながったりする。
この「思考を発見する」感覚って、けっこう独特だと思う。
ノートで気配を感じた人が、記事の中でちゃんと論理を展開してたり、自分の経験を丁寧に言語化してたりする。そのギャップというか、「あ、こんなに考えてる人だったんだ」っていう驚きが、読んでいて気持ちいい。
まぁもちろん逆もある。ノートは面白かったのに、記事を読んだらなんか違うな、ってなることも正直ある。でもそれはそれで、その人への解像度が上がったということだから、悪くない発見だったりする。
ノートと記事がセットになってはじめて、その人のことがわかってくる。Substackがそういう構造になってるのって、たぶん偶然じゃないんだと思う。
つまり、ノートで人を発見する。記事で思考を発見する。
こんな構造になってるんじゃないかな。完全な想像だけど。
Xは前者が得意だけど、後者が弱い。Substackはその両方が一つの場所に揃ってる。これ、けっこう面白い構造だなと思う。
だからSubstackで記事が読まれるかどうかって、記事の質だけじゃなくて、記事を読む前の段階でどれだけ「人の気配」を見せられてるかにかかってる気がする。どんなに良い記事を書いても、その前の段階がないと、読まれる入口にそもそも立てない。
これって、書き手と読み手の距離感の話でもあると思う。
記事一覧でいきなり「読んでください」って差し出されても、読み手との距離はゼロのまま。知らない人から突然話しかけられてる状態で、なかなか心が動かない。「で?」ってなるのは、たぶんそういうことだ。
でも、ノートで少しずつ気配を見せて、「この人ちょっと面白いかも」が育って、記事にたどり着く。そのときにはもう、距離がある程度縮まってる気がする。読む前から、なんとなく関係が始まってるような、そんな感じ。
記事一覧に足りないのはSEO的な最適化じゃなくて、その距離を縮めるプロセスなんじゃないかなと思ったりする。
これ、自分自身への話でもあるんだけど。
「ハチスカの観察日記」を始めて、記事を書いて、ノートを書いて、少しずつやってきた。最初は記事を書けば読まれると思ってたけど、そんなに単純じゃなかった。記事の前にノートがあって、ノートの前に自分という人間がいる。いや、あたりまえなんだけど。
読まれるのは記事じゃなくて、人なのかもしれない。そしてその人をもっと知りたいと思ったとき、記事がはじめて読まれる。
そう考えると、ノートを書くこととか、返信することとか、リスタックにひとこと添えることとか、そういう地味な積み重ねが実は一番大事なのかもしれない。派手じゃないけど、たぶんそこが全部の土台になってる。
あなたのSubstack、どうですか。記事を書く前に人を見せられてますか。

記事を書く前に、まず「人」が読まれている。これはかなり耳が痛い話でした。
記事の完成度ばかり気にしていると、読者との距離を縮める小さな所作を見落としますね。ノート、返信、リスタックの一言。あの地味な部分に、案外いちばんその人が出る。
自分のSubstackも、少し点検したくなりました。